パンやま日記

パン山さんとの戦いを綴る日記

パン山 vs ポインタ神

プログラミングの技巧の一つに「ポインタを使う」というものがある.ポインタというのは何かというと,まあ大雑把にいうと変数が格納されているアドレスを表す変数で,たとえば「パン山さん」ではなく「パン山さんが住んでいる下宿」を表す.この下宿は六帖ではあるが,家具やその配置,また香りに関しても技巧を凝らしたイケメン部屋*1を備えており,また風呂はユニットではあるがシャワーを浴びている際にしばしば研究の新しいアイデアが浮かび上がるので,「知識の泉」と呼ばれている.パン山さんではなく,パン山さんが住んでいる場所を考えることによって,パン山さんに会いにいこうとしたときに,パン山さんが住んでいる下宿に行こうという発想に至るのがポインタ的思想であり,このようなポインタ的発想を自由自在に使いこなす存在は「ポインタ神」と呼ばれしばしば崇拝の対象となる.

ところがどっこいパン山さんが長く愛用しているMatlabというソフトウェアで用いられるプログラミング言語にはポインタの概念がプリセットでは(多分)存在しない.そのため,最近やたらメモリ使用効率がよろしくないコードを組んでいたパン山さんは,とうとう「この世界に神はいないッ!」と荒れ狂った.もはやパン山さんに「人間らしい心」は存在せず,ただひたすら冷徹にメモリ使用効率がよろしくないコードを書き続ける悪魔となってしまったのだ.もはや彼がソロモン72柱*2の一柱に応募するのも時間の問題であった.そんなとき,天からMatlabでポインタ的技巧を使う方法が書かれた禁断の書の在り処が書かれた紙(http://d.hatena.ne.jp/saitodevel01/20101210/1291978535)がひらりひらりと舞い降りてきた.その紙はパン山の手に触れた瞬間たちまち霧散したが,パン山はその瞬間すべてを理解した.Matlabでもポインタ的技巧が利用できたのである…!パン山の周りには美しい草花が咲き誇り,メモリ使用効率も改善されたのでパン山さんは一日非常にご機嫌に過ごしたよ.

パン山 vs パタレコ筋

久しぶりに研究室内研究会で発表した.

我がチームが絶滅の危機に瀕していることを涙ながらに訴えかけたところ,聴衆は「それは大変」「保護しなければ」「それはいいからさっさと本題入れ」などと沸き立った.作ったムービーが思った以上に高速再生されて喋りが全くついていかず,これは終わった…と発表を半ば諦めかけたところ,どこからもなくパタレコ神が「You can do it」と仰ってくださり,ああパタレコ神よご覧になってくださっていたのですねこれが私のoverviewですと言ってポンチ絵を出したところ「なんか各テーマの配置がおかしい」とボスに突っ込まれてやはり終わっていた.

とはいえ,ボスの伝家の宝刀「結局これ何がやりたいの」は出てこず,パン山さんの発表は概ね成功だったようだ.一年間パタレコ体操やパタレコ瞑想などを行ってきたのでそこそこ難しめの話もできたのが良かったのかもしれない.やはりちょっと難しめのformulationなどを出すと,「おおなんかこいつ難しめのことやってるな」という印象が与えられるし,何よりをそれを「普通ですけど」みたいな感じで発表するとちょっとカッコいい感じになるので,ぜひ皆様も難しめの話ができるようにパタレコ体操やパタレコ瞑想などをおこなってみてください.数ヶ月後には両肩の辺りにパタレコ筋と呼ばれる筋肉ができはじめ,次第にそれは肩こりを呼び,最終的に毎晩のストレッチを余儀なくされる.

ちょっと真面目な話もしておくと,今年度は色んな知識をウェブから拾い食いしていた感じで,あまり系統的な学習ができなかったのがちょっと心残り.やはり課程中のどこかのタイミングで,ちゃんと腰を据えて難しい本をうんうん読むべきな気がする.

パン山 vs 隣の芝生の青さに染まるな

(a)「僕が適当に生きている今日は,もっと生きたかった誰かの明日かもしれない」
(b)「世の中には飢えている人がたくさん居る.ので,食べ物を粗末にしてはいけない」

いずれも本質的に同様のことを言っていると思う.ところで今日の我が国はある側面においては供給過多(質,量ともに)に陥っていることは確かで,余剰分を足りないところへ送ろうという発想は自然であろう.このようなある種の平均化について,(b)は可能であろうし現に実現しようとしているサービスを見たこともある.

しかし(a)はどうだろうか?(b)がある種空間的な平均化である一方で,(a)の不平等を解消するには時空間的な平均化を行わなければならない.パン山さんが(a)について直感的に不思議に思ってしまうのは,この時間方向の操作なくして(a)は解消されないからなのだろうか.

「いやいや別に解消しろと言っているわけではない.もっと生きたかった誰かの分も,あなたがしっかり生きたら良いのです」
「いやいや別に飢えている方のところに食物を持っていけと言っているわけではない,あなたが食べ物を粗末にせず,しっかり食べたら良いのです」

なるほどそうかもしれない.しかし,ならば,最初からそういえば良い.わざわざ他の境遇の方々を引き合いに出すことはあるまい.これはいわゆる「お隣のA君もテストで100点とってるんだからアンタもがんばんなさいよ!」とか「○○さんとこのお嬢ちゃん,もう結婚して子供もいるんだって,アンタはどうなの」とか「隣の芝生の青さに染まれ」の一般化である.こんなん言われたら「るっせー!」と怒鳴り散らして雨の中家を飛び出したものの,行く当てもなく,街中をとぼとぼと歩くはめになり,煌煌ときらめく街中は,なぜかパン山にとって色褪せて見え,「誰もおれのことを分かってくれないんだ…」などと一人ぼやいていると,「それはいいから,はやく来週の研究会準備をしないか」あっあなたはパタレコ神!(了)

パン山 vs 研究会発表

久しぶりに(というほど久しぶりでもないけど)研究会で発表してきた.

パラレルセッションで,裏(いや,こっちが裏か)で超大物先生がご発表なされていたので「ああ多分僕の発表はチューリップとかひまわりとか,そういった植物しか見に来てくれないだろうなあ僕は草木のなかで発表をおこなうのだ扱うテーマは物体セグメンテーションですが皆さん分かりますでしょうか花弁領域のセグメンテーションは結構難しいんですよ」などと悲観しつつも,そうやって草木が僕の発表を聴いて元気を取り戻し,地球に緑が戻り,結果として僕が毎日無駄に刷り倒している論文の分もペイされるだろうとか思ってたら,多くの方々に観にきていただけたので,パン山さんも自然と発表に気合いが入り,結果として2回ぐらい笑いもとれたし有意義なディスカッションもできたのでとてもよかったです(了)

というわけで,久しぶりの発表だったので,かなり気合いをいれてスライドを作ったし入念に発表練習もしたので,結果的に発表は大成功だったと思う.個人的に大勢の前で喋るのは苦手でないというかむしろ大好きな方で,まったく緊張せずに偉そうに喋っていたと思う.そんな傍若無人な若者に対しても暖かく議論をしてくださった大御所の先生方にはお礼を言っても言い切れないほどで,もう靴ペロ*1をしても良いくらいである.やはり僕が研究をやってて楽しいなと思うのは,こうやって大勢の前で成果を発表して,その研究や僕自身に興味を持っていただけるときであるなあと思った.それが形として残るのが,たとえば受賞などをしたときであるが,別にそうでなくても,こうやってディスカッションした内容は今後の研究に活かされていくわけであるし,やはりどこかに研究を投げて発表するのは非常に重要.

パン山 vs 文章校正

文章校正が苦手なのである.具体的には,てにをはチェックが大の苦手.
こう言うと,「いやいや研究はパブリッシュするまでが研究なのだから,一番大事な部分に欠陥があるじゃないか」と読者諸君はお思いだろうが,実際そうなので困っている.どうやったら直るのだろうか.一つの方法としては,てにをはチェックをしなくても良い英語論文だけを書くというのがあるが,今度は冠詞問題がついて回るので,そうはうまくいかないものである.

ところで,論文チェックをするときは「刷ってから赤ペン片手に」が定番スタイルなのだろうが,個人的にはパソコン上でやってしまった方が早かったりする.というのも,論文を刷ってから読み始めるとすぐにミスが見つかるので,そこに赤を入れるくらいならその場で直してしまった方が早いのでは,と思うのである.勿論人の論文をチェックするときはそうもいかないのだけれど.世の中の「刷ってからチェック派」の人たちは,やはり自分の論文でもそうなのだろうか.まあパソコンで読むのもずっとやってると目が疲れてくるので,そういう意味では紙の方が良いのかもしれないが…あとさらに言うならば,「ああここの構成変えた方がよいかも」とかいうのが出てきたりすると,それはもうtexファイルとにらめっこしながらコピペコピペで色んな構成を試してみたくなり,そうなるともはや刷られた論文は意味をなさない.結果として,刷った論文はすぐに読まれなくなり,貴重な紙資源を無駄にし,木々は枯れ果て,世界は滅亡する.

とにかく,このまま赤ペンチェックができない人間のままだと,将来アカデミックポストについて学生の論文チェックをするときに「パン山先生のチェックなんかヘン!」みたいに言われて,「いやいやチェックを甘めなんだよ」とか「君たちに自力で研究を進められるように,わざと手が抜いているんだよ」とか返すものの,「ひょっとしてパン山先生てにをはチェック苦手なのでは…」とか言われて,「そっそんなことがない!私のてにをはチェックが苦手ではない!」とかてにをはチェックができていない返答を繰り返すことになる.

パン山 vs 博士課程の辛さ

しかし,こうやって「研究うまくいかんくて辛いよー」というのは,研究者に一般的につきまとう悩みなのだろう.パン山さんの場合,逆にこれまでがおかしかった.何せ,研究というものに対してここ4年間,辛さというものを全く感じなかったのだ.こうやって,研究うまいこといかん感を感じることで,ようやくパン山さんも研究者としてのスタートラインに立てたに違いない.あとは,この苦難をいかにして乗り切るかで,彼が研究者として大成できるかどうかが決まるのである.

ところでぼちぼち予算の使い切りを考えなければならない時期がやってきた.今年の予算の残りで,ぜひともMac Proを買いたいわけなんだけど,Mac Rumorでは買うな!って言われている割に新製品が出る兆しがなかなかなく,やきもきしている.都合上2月中には買ってしまわなければならないので,3月発表とかになると非常に残念なことになる.現行モデルの12コアも十分良いのだけど,筋によっては16コアでるかもみたいな話があって,お願いだから1月末に発表してくださいお願いします…!

パン山 vs 復活の兆し

先日より病みに病んでて周りの人々に心配をかけてしまっていたが,一昨日と昨日と,長年来の友人および彼女に「辛いよーもうヤダよー!」と泣きついたところ,かなりすっきりした.やはり,一人で黙々と考え込んでしまうのはよくなくて,ちょっとしたことでも周りの人に話をするのが良いのだな,と知った.今日に至っては,風呂場で例のごとく新しいアイデアも浮かんできて,これは復活の兆しと捉えてよかろう.

風呂はすごい.普段パソコンに向かってうーんと唸っているときより格段に色々思いついてくる.ちなみに自転車に乗ってるときも同様で,色々思いついてくる.したがって,ずっと風呂に入っては自転車を乗り回すのを繰り返しておけば,アイデアが大量生産され,あとはそれをまとめるだけで業績が自動的に増えていき,今年の冬より始まるであろう就職活動も難なくこなせるのではなかろうか.その一方で,ヨガは無心で行うので,心身のリラックスはできてもアイデアは特に浮かんでこないので注意されたい.コーヒー淹れるときも同様で,無心で行うので,やはりアイデアは特に浮かんでこないので注意されたい.

23日のカメラレディ原稿を無事に提出し終えたならば,久しぶりにカメラでも引っ張りだしてその辺の散策などしたい.そしてものすごいアングルのオシャレ画像をドヤ顔でInstagramにupするなどして,自身のプレセンスの向上に努めたい.